先月のプチセミ『伝え方』にご参加された方のセッションがありました。自分の伝え方について、客観視できたことで、日常生活のコミュニケーションの場で、今まで気づいていなかった発見があったようです。
 その中でとくに自分の目線だけで解釈をしていることが多いことに気づき、もっと相手の話を聴けるようになりたいと思ったようでした。

 そこで、セッションでは、「相手のことをもっと理解して見よう」と想像力を働かせること考えることになりました。

 クライアントさんはこれまで、自分の言っていることが「わかってくれなければいいや」となったり、「この人合わないから嫌」となったり、自分から関係を終わらせてしまうパターンを繰り返している気がすると気づかれました。それでは、自分にとって相手がいいのか、悪いのか? 自分側の判断でしか物事を想像できていないことが考えられます。

 私自身も、「相手のことをもっと理解してみよう」と想像力を働かせることは、この仕事になって初めて気づいた大切なことです。

 私は、自己中心的な解釈をしがちでした。例えば、自分が大切にしていたものを友達が無断で借りたときに、昔の私はひどく相手に怒っていました。案の定、そんなことが何回かあって、その友達とはもう疎遠になってしまいました。でも、今の自分だったら、「相手も気に入ってしまうほど、素敵なものなのだ」という解釈をすると思います。そして、無断で借りたということに関しては、「使うときは言ってくれた方がいいな」と、こちらの要望もただ伝えることでしょう。

 「想像力を働かせて相手を理解する力」について、先日観た映画、『ウォルト・ディズニーの約束』は、まさにそういうテーマでもある映画でした。
 『メリー・ポピンズ』の映画化に向けて、作者のトラヴァースに交渉するのですが、トラヴァースは、なぜだか威圧的な態度で、ウォルト・ディズニーや他の制作者にあたるのです。そんな相手でしたが、ウォルトが相手を理解しようと、相手は何か大切にしていることがあって、それをいじられたくないからそういう態度になっているのだろう。一体何が大切なのだろうか? と想像力を働かせて考えるのです。トラヴァーズは、ディズニーに癒され、映画化も決まったというお話です。

 私的には、「想像力を働かせること」がまさにディズニーマジックだとつながりました。人によっては、「トラヴァースのトラウマわかるな〜」というところに共感し号泣したりするそうですが、私にとっては、相手を理解しようと心の目を開いたウォルトの姿勢にとても共感し、号泣した映画でした。

 クライアントさんに、「映画観ています?」と聞いてみると、モンスターズインク以来観ていないそうで、伝記、歴史、成り上がり系の結果がはっきりとわかるものが好きなところがあり、「人生を変えるには何か特別な事をしなければと思い込んでいたのかもしれない」とおっしゃっていました。

 何でもない日常が変わる類のヒューマンドラマ系。私としては、ヒューマンドラマ系映画をたくさんみることで、相手のことを想像して理解してみようとする心の目が開眼してきたと言っても過言ではありません。
「相手の気持ちを想像するのに間違っていてもいいんです!」と私が言った言葉に、クライアントさんはハッとされたようでした。きっと考えを巡らすプロセスが大切なのだと思うのです。自分が柔軟であるという芯は、逆に強い気がします。

Fotolia_3109385_S 最近、クライアントさんが、過去の解釈が変わったことを思い出されていました。
 子供の頃、母親の解釈で父親を解釈していたことに気づいたのだそうです。そして、いま見える真実は、「何よりも家族を思っていたのは父親だった」と気づき、号泣されたようでした。他人の評判だけで相手を決めつけて、自分がちゃんと向き合っていなかったとおっしゃっていました。

 何の説明がなければ、自分が悪かったのだろうと子供は思ってしまったりするところがあるのかもしれません。姪が1歳のときに、ママが部屋にいない理由を「今、買い物に行っているからね」と説明すると、理解したかのように泣きやんだことがあります。相手にも背景があることを想像してみることを、それとなく教えていくことは大切なのかもしれません。

 クライアントさんに、相手の想像力が試される本、『星の王子さま』を読んでみることを提案しました。現時点で、どれくらい泣けるでしょうか?(笑) ご報告お待ちしております。


今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

想像力を働かせていますか?