先日、『ひとみずむ』を完成させたばかりのクライアントさんから、2回目の90日コーチングのご依頼を頂きました。9か月ぶりです。前回の90日コーチングを体験したことで、以前だったら落ち込む出来事が、今はそうならないことを実感したそうです。その上で「もっと変わりたい!」と言うことでした。

 そもそも、もっと変わりたいなと思った瞬間というのは、自分の価値を見いだせなくなるとき。どうしたらいいかわからなくて、とりあえず人と同じようなことをしたくなるとき。やってみたけれど、結局続かなくなってしまったとき。気になる人から「人に負けないものは?」と聞かれてすぐには答えられなかったことがショックで、「自分のことを好きになれないのに、人のことを好きと言えるのか?」と、そのとき思ったのだそうです。

 そして、今回のテーマは、「自分のことを好きになりたい!」ということでした。

 「自分のことが好き」という状態とは、どんなことなのでしょうか?

 今回発表のひとみずむ60は、『絆』というタイトルです。その物語の最初の1行は、「自分のことが大嫌いだった。嫌いなら仕方ないし、それでいいと思っていた」という、ひとみずむ史上、いまだかつてない告白から始まります。(笑)

00427948 今、ふと思ったのですが、私は子供の頃、自分のことを「ひとみちゃんねぇ」と6歳まで言っていました。5歳の姪も「ゆめちゃんねぇ」と自分のことをちゃん付けで言っています。

 今、自分のことを「ひとみちゃんねぇ」と言えるのか? と。
試しに言ってみると、妙な親近感を抱いてしまうのですが、(笑)今の私は、違和感じゃなく、親近感になったということは、自分のことが好きになれたのかなと、ちょっとそんな風に思いました。
 かくいう私も、自分を変えたいところ満載でしたから、ようやくそういうのがおさまってきたのは、つい最近のことなのです。

 先日、地下鉄の改札口で、目の不自由な5人の方が立ち往生している光景に遭遇しました。ピンポーンと、改札口で音が鳴っていることは、5人全員分かっていらしたのですが、いま、どんな状況なのかが、わからないんだなと、すぐに私は気づいたので、駆け寄りました。すると、自動改札は、タイミングよく通過できたけれど、清算が必要なため、切符は出てきている状況でした。なので私は、「精算が必要のようですよ」と教えて、切符が出てきてしまったその方の手を引いて、改札窓口までお連れして、解決となりました。

 どういうわけか、自分のことを好きになると、街中のちょっとしたことで、人が困った場面に出くわしやすくなる気がしているのです。私が優しいとか、そういうことよりも、遭遇する感じです。そんなちょっとしたことでも、助けになれた自分が、生きがいのように感じさせてもらえる瞬間になっているように思います。


 話は飛びましたが、『60絆』では、「自分のことが嫌い」な人がフォーカスしがちな視点と、「自分のことが好き」な人がフォーカスする視点のコントラストが描かれています。また、筆者のY子さん自身は自己セラピーもできるので、癒しと行動とバランスよく表現されています。

 Y子さんが、私をコーチに選んだ理由は、「自分のことを好きな人だったらどんな行動をするのか、どんな視点で物事を見るのか?」が、自分ではまったく想像もできなかったからだそうです。癒しができても、行動を変えないと、変われないと考えていたそうです。

 「自分のことを好きな人は、どんな行動をするのかな?」と、自分の他に、もう一人違う自分を持ってみると、少しずつ見えてくるのかもしれません。自分と違う見方をする人の存在もありがたいです。いつも同じ人ばかりといないで、違う人と過ごすこともヒントになるでしょう。私は、どちらかというとポジティブに偏り過ぎていたので、Y子さんの存在は、自分の他の面を見させてもらう大事な役割だったのです。

 行動を変えることは勇気がいるけれど、それで大丈夫だった人もいるわけです。そういうふうに、自分を少しずつ変えていけば、自分が本当にしてみたいと思った行動のままに振る舞えるようになるのかもしれませんね。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

最近の自分は、どんな行動をしましたか?