自分が2番手の立場なので、リーダーを盛り上げるために、いろいろと働きかけていらっしゃるようです。リーダーの人の話を聴いて、メールのやり取りもして、リーダーがある日、吹っ切れたように変わったのがわかったそうです。

 しかし、リーダーからは、何も言われなかったようでした。ちょっと寂しいですね。だけど、毎回反応を期待することはできません。
「何でこんなにやっているのに見てくれないの」「褒めてよ」「ありがとうと言って欲しい」「私のおかげでしょ」という拗ねた気持ちになってしまったそうです。

 メールのやり取りの文章作りには、すべきことが後回しになるくらい、ものすごく時間がかかって、相手にとったらそこでおわりなのだろうけど、その返事がほしくて気になったり、ありがとうの言葉がほしかったりするのだそうです。

 どんな考えが、自分を苦しめているのでしょうか?

 自分より下の立場の人が、変化を見せてくれた時は、素直にうれしいと思えるそうです。
 一方、自分より立場が上の人のときは、承認欲求が出てくる。しかし、立場が上でも、オープンで、明るくて、共感しあえて、ほんわかしている人もいる。その違いは一体何なのか?

 立場の問題なのか? それとも性格の問題なのか? と質問してみると、性格の問題のほうかもしれないと・・・。

 その性格とは、感謝が見えなかったり、何でも一人でしているように見える人。割り切りが早い人。つんつんとしていて冷たさが残る人。自分で淡々と進める人。上から見えている感じの人。
 では、そういう性格の人に言葉で認めてもらったとして、それで自分の中のモヤモヤは消えるのか? と質問しました。

 「消えない」と。

となると、他人に「言ってもらえたから気が済む」問題ではなさそうです。
その辺りから、ぐっと自分に矢印が当たっていきました。
 
 ここで、モヤモヤになっている気持ちを整理してみました。

自分がきっかけを与えた→人が変化した。〜把召妨斥佞派修靴討れる人は、嬉しい。
⊆分より立場が下の人が変化したのは見ているだけで嬉しい。N場が上の人で感謝を表さない人のときは拗ねる。だけど、感謝を言われたとしても、モヤモヤは消えない。

色々な条件を眺めてみると、他人から評価されれば、自分にOKが出せる状態。
自分の期待する変化が相手から見えたらOK。

 要するに、他人の結果や言動に自分の幸せを左右されてしまうところがある。
他人に振り回される考え方からどう脱出すればいいのでしょうか?

 リーダーが変化していた、というのは、事実です。だったら「あ、なんだか変化したようだわ」と自分の中で「きっかけになれてよかった」と思うことでいいでしょう。

 もう少し考えてみると、なにより自分で自分を変化させようとしたその人の力なのではないでしょうか。自然治癒力みたいなものが、出てきてよかったなぁと私なら思います。

 悩みとなってしまう点は、自分が期待している変化のところまで、他人が変わらないと、納得いかないところです。

 「ひまわりを咲かせたいのに、チューリップが咲いてしまったことに、拗ねているみたいですね。(笑)。花が咲くまでに、土、水、肥料、太陽・・・色々な条件があって、全部の条件を自分がやりたがっていて、自分はなんて傲慢なのでしょうか(笑)」と笑っておっしゃいました。

 自分が水となったり、他の人が栄養分だったり、他の人が太陽の役目だったり・・・、人以外にも、モノからインスピレーションが湧くときもあるでしょう。時間も必要です。なので、ひとりの人には、色々と関わっているのですから、どんなふうになるかは、他人は決められないでしょう。

 自分だけがこんなにやっているのに、損をしている感じ・・・。その考え方を信じていたら疲れてしまいますね。自分が何をしたのか? に目を向けてみる。それだけやったのならいいのです。力になれたらいいなという、自分の中にある温かい気持ちに気づいていればいいのです。
 
 色々な要素が混じりあって、人は変化していくことに、クライアントさん自ら気づかれたとき、パッと明るくなりました。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

自分の手柄を意識しすぎていませんか?