あるクライアントさんが、異動があって、5年前の課にもどられたようです。しかし、前の課といっても、やること自体は新しいことだし、仕事に慣れず、かなり混乱している状態でした。
 周りの人は、前にもいたからもっとできるのではないかと期待している部分もあって、なかなかできませんと言いにくい雰囲気でもあるそうです。
 
 また、以前、苦手意識を持っていた人たちもいるようで、何かを言われると、過去のその時の感情が、再び湧いてくるという感覚になって、居所によって今の自分と過去の自分がいったりきたりしている自分にも動揺してしまっているようでした。

 確かに、私も昔の友達と会う時に、今の自分は随分と変わっているのだけれど、あの頃の自分の感覚が出てきて、なんだか居にくいなぁと感じたことがあります。
 今の自分だと、どこにいても居心地が悪いと思うことは少ないのに、何でしょうね・・・過去の感情の未昇華だったりするのでしょうか? 

 クライアントさんの話を聞くと、職場の人以外のお客様と接するときの自分は、前よりも話を聞くことがうまくなっているのを感じたり、以前にどうすればいいか、わからなかったことがスムーズにできるようになっている、成長した自分を感じたそうです。

 なぜ、以前一緒に働いていた人との間柄では、どことなく追い詰められた感じになってしまうのでしょうか? 今の自分のままで接すれば、きっと過去にうまくコミュニケーションを取れなかったひととも、今だから、うまくできることもあるでしょう。
 
 そのままの自分のままで接すればいいのでしょうが、なぜ難しくしているのでしょうか?

 ここまでの話で分かったことを一度クライアントさんに、まとめてお伝えしました。
 お客様など、先入観が何もない人と接するときの方が、今の自分で接することができているということです。前の人と接するときは、過去のその人像みたいな、先入観が感覚の中に残っているのではないでしょうか? 

 クライアントさんは「先入観」をつけるつけないにピンと来たようでした。

 ここで、私は自分のことになぞらえて考えてみました。
過去から一緒にいるけど、見方が変わった経験ってないだろうかと。

 近くにいる家族のことを思い出しました。父親のことです。
今の自分のニュートラルな目線で父親をみると、子供の頃には、見えていなかった面を沢山発見しています。
 悪いと思っていたことが、いいことなのではないか? と発見があったり、また、孫と接する父親を見ると、自分もこんな風に可愛がってもらっていたのかな? と想像出来たりします。身近な人でも先入観なしで見ると違った発見があるのだと思いました。

 昔のことはチャラにして、今の自分の目で見たその人に上書きすることで、より素直につきあうことができ、過去とは違った接し方ができるようになったと感じています。
 コミュニケーションが以前よりスムーズになった自分についても、自己成長を感じて満足できます。

 それをクライアントさんにお話ししたら、「上書きしていないですね」と笑って答えました。 昔のままの先入観で、今を見てないことが見えてきました。

 「名前を付けて保存」がいっぱいになって、「上書き保存」していない状態だったのです。それでは、頭の中に「Aさん2007年ファイル」、「Aさん2008年ファイル」みたいに、沢山妄想の世界が広がってしまいそうですね。(笑)

 人は変化していく生きものですし、自分のモノの見方も変わっていくのではないでしょうか。
 
 「今のその人と向き合う」ことはどうでしょうか?

前の部署に戻ったとしても、先入観なしで、周りの人と接して行けば、このクライアントさんの場合は、うまくいきそうですよね。そのためには、「上書きで保存」のイメージです。

 いつも、新しい発見ができるのならば、自分の感性もだいぶ深まっているということです。自分自身の変化も確かめられるのではないでしょうか。

 諸行無常、変化することが自然ですから、上書き保存でいったほうが、AファイルとBファイルの違いに、イライラする必要もないですし、シンプルなのかもしれませんね。「今」をみていくことは、ニュートラルな視点ですね。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

最近、身近な人の中に新しい発見をしましたか?