他人から評価されていないと感じる不安や恐怖をなくしたいというテーマでのセッションでした。

 具体的には、相手のメールが少ないとか、反応が減っているとか、いちいち一喜一憂してしまい、相手は自分のことを好きでなくなっているのではないか? と不安になるそうです。

 これは、自信がないから起こっているのではないかと、クライアントさん。
相手の顔色を見て、自分の評価をもらえるように、自分の出方を決めるようなところがあり、それだと結局はうまくいかないことを繰り返しているとのこと。

 「偽りの自分」でいるのですから、ずっと自分のことが不安で、結局うまくいかないようになってしまうのだと思うのです。でも、「ありのままの自分」もよくわからなくなっているようでした。

 他にも例を挙げてもらいました。
相手から「気合入っているよね」と言われると馬鹿にされた気持ちになるとか、相手の要望に答えたつもりが、相手にとって大げさだったようで、驚かれたとか・・・ありました。

 この不安を解消するためには、相手と自分の「基準」や「イメージ」や「概念」は違うのが当たり前なので、「ん?」と思ったら訊いてみることは、解決策になるでしょう。「それって、こういうこと?」と、確かめてみるとか。違和感があったり、不安な時は、訊いてみればいいのです。

 もし、私が相手に「気合入っているよね」と言われて、「ん?」と思ったら、「気合入っているように感じた?」とそのまま返してみると思います。
 相手にとっての「気合入っている」の意味は、自分と同じとは限らないので、もう少し真意を聞いてみたいかなと思います。

 コーチングセッションの時は、「相手の話は相手の話」なので、必ず、相手の意味を確認することを怠りません。セッションをスムーズに行うために必要なことです。

 また、相手の要望に答えたつもりが、違う結果になりがちな場合も、「訊いていない」ことが原因なこともあるでしょう。事前に詳しく「要望」を聞いておくといいのだと思います。
 これで、こちらの勝手な見積もりで辛くなったりしてしまうことが、減っていくと思います。

 ここまでの話で、自分の解釈がネガティブ方向へ行きがちなことも見えてきました。
ネガティブ方向に行きがちな理由としては、これまでの心配ごとが重なって、無意識にうまくいくことが信じられなくなっているのかもしれません。
 悪い方向になるのだという風に思いこんでいるので、本当に心配事が実現してしまうのです。また、不安に思っていると、不安の方しかキャッチしなくなるのもあると思うのです。

 「独立をしたい」と考えているクライアントさんたちを何度もセッションをしたことがありますが、「できていない場合の例」ばかりをおっしゃる方もいらっしゃいます。それでは、余計に難しくなっている気がするのです。

 私は、独立する前に、独立してうまくいっている人に沢山お会いしました。当然ちゃんとやれば、あのようにできると思って進み始めました。「できる」材料しか探していなかったので、そのようなアドバイスを引き寄せたのかもしれませんね。これは、単に「安心する材料」を探しただけのことです。


 自分がネガティブ方向へ考え方が癖と気付いたら、「本当にそうなのか?」と、今一度、他にも「事実」を探すことを意識していくことです。

 「相手が怒った顔をしている」というフレーズには、実は事実は含まれていないのです。「怒った顔をしていると見えたのは自分」であって、もしかして、はじめからそういう顔なのかもしれません。「そういう顔なのかな」と思った方が、びくびくしないで済むでしょう。(笑)

 以前、コミコレセミナーで、「ニュースワーク」というものをしました。NHKニュースのように「事実」だけを述べるバージョンと、「報道番組」のように、「事実」とコメンテーターの「意見」を混ぜて言うタイプと、同じトピックスについて、それぞれ、ニュースキャスターになりきって、発言してもらいました。

 そうしたら、ほとんどの人がNHKバージョンで、既に「自分が勝手に感じている感情」が含まれていて、事実と感情がごっちゃになっていることが発見されました。

 「子供が手伝いをしてくれません」と言った人がいましたが、これは、事実ではない可能性が高いです。「子供が10回中3回は手伝いますが、7回は手伝いません」と言ったら、事実かもしれませんね。事実を探そうとしたら、「3割は手伝ってくれているのか!」と少しホッとするかもしれませんね。

 そんな風に物事を見る癖をつけて行くと、自分の感情で、いかに事実をゆがめているかということに気付くので、「事実」をもっと探してみようと思えるでしょう。


 映画の『ライフ・イズ・ビューティフル』は、「目に見えているものが、その人の世界になる」という教訓を教えてくれます。



 絶望と死の恐怖たちこめる収容所で、父グイドは幼い息子のジョズエをおびえさせまいと必死の嘘をつくのです。収容所生活はジョズエがお気に入りの戦車を得るためまでのゲームなのだと。とにかく生き抜いて“得点”を稼げば、戦車がもらえるのだとグイドはことあるごとに吹き込み続けるのです。

 子供の目から見たら、収容所には、兵隊さんがいて、車が走っていて、本当にゲームの中にいるように見えているわけです。それを、どんなに危機が迫っても、ずっと子供にゲームだと信じさせ続けるための父親のパフォーマンスに涙してしまいますが、「目に見えているものが、その人の世界になる」のだなぁと思わせられました。

 だから、「事実」を集めて行きながら、考え方次第で、自分で幸せな世界が構築できるのではないかと思うのです。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

今、どんな事実の中にいますか?