「自分のこれまでの選択は、ただ流されてきただけのような気がする」とおっしゃる人がたまにいらっしゃいます。流されてきただけと感じる理由としては、親に言われたからそちらの方向に進んだとか、周りに薦められたから進んだとか、自分で決めた感じがしないと思っているのです。そのように、周りに薦められるという体験は、たいてい子供の頃と初めての就職先くらいまででしょうか。その様な体験を持っている人は、今、自由になっていることに気付かず、自分で制限をしたり、自分の決定になんとなく自信が持てなくなっています。

 でも、そういう人に限って、わりと適応力があって進んだ先ではそれなりに楽しくすることができます。自分が自分の道をちゃんと決めてこなかったことに罪悪感というか、納得がいかないように思っていて、自分の決断に自信がなくなっているのです。

 そんなときは、過去を見返してみるといいと思います。
子供のころは子供目線でしか見られなかったことも、大人になった今から見ると、見えなかったものが随分と見えてきます。振り返らないと子供の時の思いのままカプセルに入った状態になっています。

 納得いっていない部分は、過去の再構築と思って、思い出しながら振り返るといいと思います。そして、見方を変えて新しい思いを感じてみましょう。

 自分で決めてこなかったと言っても、最後の決断は自分でしていると思うのです。(自分で決めてきたと納得できる)。
また、選択肢を用意してくれた親は、親のいうとおりに育ってほしいという場合と、子供がなかなか決めることが苦手のようだからと、サポートしてくれている場合もあると思うのです。(親がサポートしてくれたのかもしれない!)特に、第一子だと親も子供も身近に参考になる人はいないし、すべてが初めてだから親も子供も慎重と言うのもあります。

 また、本来の自分は「ゆっくり考える性格」という場合もあります。子供時代は、つぎつぎと節目がやってきて、ゆっくり決めていては、通り過ぎてしまうので、大人のフォローが入ったとかも考えられるのです。
「もともと、ゆっくり考えたい性格なんだ」とか、「いろいろやりたいから、なかなか決められず、目の前に来たものをとにかくやろうと思えるんだ」と思いなおせば、「決められない自分が悪い」ということが薄まっていきます。

 自分で決めてこなかったとか、親に反対されて違う道になってしまった、と言う人も、大人になれば、自由な環境になっているのにもかかわらず、まだ誰かに拘束されている気がするような気がしているだけなのです。気のせいです。

 「拘束されている気がする」のは、過去の自分のままです。今は、大人になって自由なのですから、改めて自分のことを考えてみればいいと思います。早く決断できない人はゆっくりと。やりながら考えたい人は、やりながら。決めるのは自分です。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

納得のいっていない過去はありますか?