先ほど接客についてのセッションをしていました。その人は、観察力もあって、上手い接客をしている人を見て、参考にしようと努力しているなぁと、毎回セッションのたびに思います。
しかし、なかなか上達しなくて、どうして行けばいいのか分からなくなってしまいました。

 私もこの状態では、セッションで何が明らかになるのだろう?と全く予測不可能でした。
とりあえず、色々と聞いて行ったのです。

 まず、そのひとが言うには、自分にはシェアするとか、与えるという気持ちがあまりない感じがする。できている人は、シェア、与えるをしているからではないかと。

 シェアする、与えるという気持ちはどこからそうなるのかと考えて行きました。
そのひとはブログを書いていても、自分が気持ちよければいいという感覚で、相手のために情報をアウトプットしようとか、あまり思わないとのこと。一つの考え方として、「自分が気持ちいい」から「相手にもいいこと」へ、視点をシフトさせて精神的な成長を意識することが考えられると思いました。


 さらに話を深めて行くと、接客をして、お客様がたくさん買っていってくださったときは、嬉しい気持ちもするけど、反面どっと疲れるらしいのです。「こんなにたくさん私から買って大丈夫かな?」ということがよぎる。そして、次の接客に支障が出るほど。これは、接客なのに相手の領域に入りすぎる感じです。

 相手の領域に入りすぎると、人は抵抗するのではないでしょうか?
距離をとろうと思ったりして。ですが、そういうことも、頭では分かっているとのこと。
ますます、セッション中、「?」になりました。笑


 相手の領域に入らない接客とは何か?
意外と言葉数少なめだけど、ピンポイントでいいことを言う販売員はどうか。こちらが考えるゆとりがあること。すなわち、静かにやっている人が案外売れたりしているのも事実です。私は、静かな販売員のときの方が実際に買うので。

 そんな話をしてみたら、おとなしい接客だと、自分に覇気がないような気がして、自分のリズムに乗れていないから、駄目な気がするという気持ちが出てきました。自分のリズムが欲しいからと。

 これで、ようやく色々とつながって行きました。
自分ひとりのときは、自分のリズムでいいですが、接客となると相手あってのこと。
つまり、自分のリズムはおいて、相手のペースに合わせたり、相手を引き出すためにこちらが控えめにしたりすることも大事だということです。
私は、子供の頃、家で感動的な番組とかを観ているときに、親に先に泣かれてしまって、涙がでない子供になってしまいました。大人になってから、存分に泣けるように一人で映画を観に行きますけどね。(笑)そんな風に、相手>自分になっていると、自分をひっこめたりしちゃうものです。


 接客もコーチングでも、相手を引き出すという点で、似ていると思いました。
私もコーチになりたてのときは、自分の気持ちよさが前面になっていて、リズミカルに質問を展開させてみたりしました。そのペースに合う人はいいですが、合わない人が明らかにいらして、大変悩んだこともありました。

 でも、そこが成長ポイントでした。相手のペースを観察して、自分がそちらに乗ること。また、相手の感情が高ぶっているときでも、こちらが冷静になって話を聞くことで、善悪を持たない感じとか、ネガティブもポジティブも同列に取り扱ったりして、話をすることへの抵抗感を持たないようになると、いろいろと真実が見つかっていくのです。こちらの態勢を配慮できるようになったほうが、引き出すことは成功して行きました。
考えてみれば、引き出すとは、「引く」+「出す」ですね。

 「私のペースの方がきっといいと思う」と思っていた私は、自我が強かったなぁとあのころを振り返ると思います。自分を引くことを意識しだしたころは、考えることもたくさんありましたが、慣れたら、ペースを相手に合わせたり、こちらが冷静でいたりすることのほうが、楽になっていきました。また、私のペースが気持ちいいレベルの気持ちよさと比べ物にならないくらい、いい感じになりました。イライラしたり、焦ったり、変に責任感を感じすぎたりすることもなくなりました。

 きっと、ここは、相手を理解するための精神的な成長ポイントです。「与える」ことも、与えようと思わず、こちらが逆に引いていた方が、「与える」をもたらしていることがあるのではないかと思うほどです。

「愛は きっと奪うでも与えるでもなくて 気がつけばそこにあるもの」。
ミスチルの歌詞を思い出しました。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

引いている自分はなにをやっているときですか?